都田の連理の木の歴史

愛管株式会社本社は浜松市都田町に位置し、敷地内には管工事業の営業所、フレンチレストラン、カフェ、農園、食品研究&加工工場、そして認可保育園が併設されています。この広大な敷地内にある25,000平米を超える土地の中でも、目を引く存在が「連理の木」です。このページでは、都田の連理の木の歴史について、もともと土地を所有されていた方のお話をベースに紹介していきます。

都田町にある連理の木がある土地は、もともと原野でした。戦時中は航空自衛隊の演習場として使用されていましたが、終戦後に開拓事業が行われ、農地として割り当てられたそうです。その後、割り当てられた土地の所有者となった増田さんは、昭和34年(1959年)に自分の土地とお隣の方の土地の境目に、高さ2mほどの小さな木を発見しました。その木は、当時から2つの木が接合していた、いわゆる「連理木」でした。以来、連理の木は周辺が原野だった状態から60年以上、都田の土地と住民を見守ってきました。

日本において、連理の木は古来から素敵な出会いや良縁のシンボルとして重宝されてきました。天皇に献上された結果、改元されたという記録もあるほどです。枯れてしまいましたが、岐阜県の「下野の女夫マツ」や島根県の「高津連理のマツ」という連理の木は、国の天然記念物にも指定されていました。

私たちは、都田町の貴重な財産である連理の木を、「復興」と「良縁」の象徴・パワースポットとして大切に保護していくことを目指しています。また、連理の木の恩恵を多くの方に授かっていただけるよう、敷地内のレストラン、カフェ、農園、保育園、そして愛管株式会社のお客様には、自由に敷地内を散策していただけるようにしています。

都田町の連理の木は、増田さんをはじめ、地域の皆様が60年以上も育てられ、今では立派な木となっています。私達はこの貴重な財産を守り、未来に伝えていきます。
また、連理の木の導きによって出会った皆様とともに、企業として成長していくことを誓います。

愛管株式会社
中村将義

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